
レコンキスタ(イベリア半島の領土回復運動)は、約800年にわたって続いた壮大な戦いでした。戦いに関わったのは、キリスト教勢力とイスラーム勢力だけでなく、時にはヨーロッパ諸国や北アフリカの王朝も介入しました。それぞれの勢力がどのように関わったのか、詳しくまとめていきます!
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レコンキスタを開始した最初の王国。ペラーヨ王の指導のもと、718年のコバドンガの戦いでイスラーム軍を撃退。レオン王国へと発展し、レコンキスタの基盤を築いた。
アストゥリアス王国から発展し、イベリア半島北部のキリスト教勢力の中心となった。後にカスティーリャ王国と統合され、レコンキスタの主導権を握ることになる。
レコンキスタを最も推進した王国の一つ。
最終的にアラゴン王国と統合し、スペイン王国となる。
東部イベリア半島を拠点にレコンキスタを進めた王国。特に、地中海への進出も活発だった。
ピレネー山脈に位置し、レコンキスタにおいて戦略的に重要な国。
カスティーリャ王国の影響下にあったが、12世紀に独立し、独自にレコンキスタを推進。
イベリア半島を支配した最初のイスラーム王朝。コルドバを中心に高度な文化を築いたが、1031年に後ウマイヤ朝が滅亡し、イスラーム勢力が分裂(タイファ諸王国)する。
後ウマイヤ朝が崩壊した後にできた小規模なイスラーム王国群。カスティーリャ王国などのキリスト教勢力に圧迫され、存続が難しくなる。
北アフリカ(モロッコ)に拠点を持つイスラーム王朝で、タイファ諸王国の要請を受けてイベリア半島に介入。
ムラービト朝に代わってイベリア半島に進出したイスラーム王朝。
最後のイスラーム王朝で、グラナダ王国として存続。
732年のトゥール・ポワティエの戦いでイスラーム勢力の侵攻を食い止め、レコンキスタの後押しをした。
レコンキスタと並行して行われた十字軍運動の影響で、ヨーロッパ各地の騎士がイベリア半島に参加。特にテンプル騎士団やサンティアゴ騎士団が戦闘に関与した。
カタルーニャやナバラの支配に関与し、カスティーリャ王国と協力した時期もある。
このように、レコンキスタは多くの勢力が絡み合う戦いだったのですね。キリスト教とイスラームだけでなく、他のヨーロッパ諸国や北アフリカの王朝も関わり、長期にわたる複雑な歴史が形作られました!