レコンキスタが後のメキシコ征服に与えた影響とは?

レコンキスタメキシコ征服——これらは一見、無関係に思えるかもしれません。しかし、実はこの二つの歴史的な出来事は深いところでつながっているのです。スペイン人が新大陸に渡り、アステカ帝国を滅ぼしていく過程には、レコンキスタの経験が大きな影響を及ぼしていました。では、具体的にどのような形で影響が見られるのでしょうか?本記事では、戦略、宗教観、支配の手法といった観点から、レコンキスタとメキシコ征服の関係を探っていきます。

 

 

レコンキスタの経験がスペイン人に与えた影響

レコンキスタは、単なる戦争ではなく、スペイン人の考え方や戦い方に大きな影響を与えました。

 

軍事的戦術

レコンキスタの時代、スペインの戦士たちは「奪われた土地を取り戻す」ことに慣れていました。ゲリラ戦や包囲戦、さらには相手勢力を内部分裂させる戦術など、長年の戦いで培った戦略がメキシコ征服にそのまま活かされたのです。

 

宗教的使命感

キリスト教徒がイスラーム勢力からイベリア半島を奪い返すという「神の使命」を果たすという考えは、そのまま「異教徒をキリスト教に改宗させる」という形で新大陸に引き継がれました。征服者たちは、単なる領土拡大だけでなく、「キリスト教の伝播」という正当性を持って行動していたのです。

 

支配の仕組み

レコンキスタを経て形成されたエンコミエンダ制(征服者が現地の住民を管理し、労働力として利用する制度)は、メキシコ征服後にもそのまま導入されました。スペイン人は、新しい土地を支配する方法をすでに持っていたのです。

 

メキシコ征服とレコンキスタの類似点

それでは、実際にどのような類似点があったのか、具体的に見ていきましょう。

 

アステカ帝国の分裂を利用

レコンキスタでは、キリスト教諸国が時には協力し、時には敵対するという形で戦いが続きました。この経験から、スペイン人は「敵の内部対立を利用する」という戦術を熟知していました。征服者エルナン・コルテス(1485 - 1547)は、アステカ帝国がトラスカラ族などの敵対勢力を抱えていることを見抜き、彼らと同盟を結ぶことで戦いを有利に進めました。

 

騎士団的な戦い方

レコンキスタの騎士たちは、軍事的な名誉と栄光を求めて戦いました。この価値観は、16世紀のスペイン征服者たちにも受け継がれ、彼らは自身を「神の戦士」として考えていました。まさに、中世の騎士道精神が新世界に持ち込まれたのです。

 

カトリックの布教

レコンキスタが終わった直後、スペインはイエズス会をはじめとする修道士たちを積極的に新大陸に派遣し、キリスト教の布教を進めました。これは、レコンキスタ中にモスクを教会へと変えていったやり方と同じであり、新大陸の先住民社会でも同様の方法が取られました。

 

レコンキスタの影響を受けたスペインの統治

征服後のスペインの統治方法にも、レコンキスタの影響が見られます。

 

エンコミエンダ制

エンコミエンダ制は、レコンキスタの際にスペインの貴族たちが新たに獲得した土地を管理するために用いられた制度で、メキシコでもそのまま使われました。征服者は先住民を「保護する」という名目で労働を課し、経済的な利益を得ていたのです。

 

要塞都市の建設

レコンキスタの最中、スペインのキリスト教国はイスラーム勢力に対抗するため、多くの要塞都市を建設しました。この手法は、新大陸でもそのまま導入され、例えばメキシコシティやリマのような都市は軍事的な拠点として整備されました。

 

スペイン王権の強化

レコンキスタを経て、スペインは中央集権的な王権を強化しました。そしてこの中央集権的な体制は、メキシコやペルーなどの植民地統治にも適用され、総督府を設置する形で支配を強めていったのです。

 

このように、レコンキスタの経験はスペイン人の思考や戦術、支配のあり方に深く根付いており、それがそのまま新大陸征服に活かされたわけですね。メキシコ征服は単なる軍事行動ではなく、800年にわたる戦いの経験をもとに展開された、いわば「新たなレコンキスタ」だったといえるでしょう。こうしてみると、歴史はつながっているのだと実感できますね!